(― 先輩に教えられ、助かった顛末記 ―)

まえがき

   蔵前工業会の大先輩、永易憲三さん(昭和16年卒、機械)と市川英彦さん(昭和18年卒、機械)は、90歳にしてますますお元気である。100歳は軽く突破されるだろう。

   蔵前工業会の神奈川県支部と蔵前技術士会の会合にはほとんど出席しており、東京支部関係の会合にも出ておられるらしい。市川さんはクラリカ(蔵前理科教室)のメンバーでもある。永易さんは東京ビッグサイトなどで開かれる展示会にも良く出かけている。

   長寿社会になったといっても、90歳前後になると、会合などに出る人は急に減ってしまうが、お二方はやはり飛びぬけて元気な方である。

   ところで私は妻が他界して3年になる。年齢相応に老化するのは致し方ないのだが、体調のコントロールに苦労している。食卓に出されたものを食べるという生活から、すべてを自分で選んで決める生活への転換が未だにうまく行っていない。決めるべきファクターが多すぎて優先度や重要度がわからないのである。ハラの具合が安定せず、体重の減少傾向が続いていた。薬を飲んでもあまり効かない。薬に頼るのではなく、生活習慣の方を整えることによって改善したいと思っていた。

   なお健康法については書物、テレビ、インターネットなど、情報が多すぎてきりがない。

   たまたま永易さんに会って体調の話になったとき、「君、オナカを壊したら駄目だよ。体力・気力がなくなってしまう。胃を休ませることが大切だ。私は夜8時以後は絶対に何も食べない。」と言われた。

   寝しなに飲んだり食べたりするのは良くないことは百も承知の上で、睡眠薬代わりに少量のアルコールと「おつまみ」などを摂っていた私にとって、とても重い一言だった。

   そこでこの際、両大先輩の生活や健康法について話を伺うことにしたのである。スーパーマンの健康法が、私にそのまま適合するとは思えないが、ターゲットとしては最高である。少しでもお二方にあやかれればありがたいと考え、いろいろとお聞きした。

   お二人の話は、マスコミの寵児、日野原重明(98歳)さんともかなり似ているところがあるが、本やテレビと違ってface-to-faceは良いもので、同じことでも重みが全然違った。私には非常に参考になった。すぐ夜の飲食は完全にやめた。すこし効果が出てきたようである。

   貴重な情報なのでこのホームページに掲載したいとお願いしたところ、快諾して下さった。

   来年の4月には蔵前工業会神奈川県支部で「昔話や健康法」についての講演を頼まれているとのことで、どんな話になるのか楽しみである。

永易さんの話

   東工大を卒業されたのは昭和16年で、日本がハワイの真珠湾を攻撃し太平洋戦争に突入した年である。満州のハルピンで技術教官として終戦を迎えたが、終戦が1週間遅かったら、戦死していただろうという。関東軍の主力は本土決戦のためと称して早々と撤退してしまい、戦力にならない兵や民間人は取り残され多くの悲劇を生んだ。

   氏はモスクワに近い収容所に送られて抑留された。昭和22年11月3日ナホトカを出港するまで、2年3カ月に及ぶ過酷な抑留生活を強いられた。帰国した時、体はボロボロで、今でも思い出したくないし、話したくもないそうである。

   帰りついて喜んで、すぐに寿司を食べた人は死んでしまったという。体が寿司を受け付けないほどに衰弱していたのである。

   この間、歯を磨くこともできず、ひどい歯槽膿漏になりほとんど総入れ歯らしい。抑留生活で胃が小さくなり、少し食べると満腹になるという。

   しかし今は至って健康で、このところずっと風邪をひいたこともないし、ハラをこわしたこともないとのことである。

   健康法といえば、まず第一は歩くことだ。毎日、約1万歩を目標にしている。いつも万歩計を付けていて、直近1週間のデータが保存されている。

   食事の量は少なく、また夜8時以後は絶対に何も食べない。胃は休ませることが非常に大切だという。昼もごく少食であり、間食はしないとのことだ。

   歯が悪いので硬いものは食べられない。肉はほとんど食べず、魚中心の食事である。

   日課としては、朝5時起床し、若い時から乾布摩擦をしているが、風邪を引かないのは乾布摩擦によるという。それから4、50分間歩く。80歳ころまではジョギングしていたが、さすがに80歳以後は歩くようにした。水分補給が大切なので、はちみつレモンを作って、コップに2、3杯ほど飲む。

   薬は飲まない主義である。血圧が160程度で高めであるが、以前、血圧降下剤をのんだら、副作用によりめまいがしたのである。以後薬は完全にやめた。原則として副作用のない薬など存在しない。医者に行くとすぐ薬をくれるが、薬を出さないと医者は収入が得られず、経営的になり立たないような仕組みになっているからだ。長年月飲み続けても副作用のない薬などないという。

   なお義兄がお医者さんであり、「薬はすべて副作用がある。長期間飲むと影響が出てくる可能性があるので、薬は飲まない。」と言う考えを実践しているのだそうだ。決して永易さんの個人的な考えや偏見ではない。

   朝のウォーキングから帰ってきて軽い朝食を摂る。

      パン・紅茶(レモンと砂糖入り)・タマゴ・チーズ・野菜

   昼食はごく少量で、

      サンドイッチ・紅茶(レモンと砂糖入り)

   夕食は比較的しっかり食べる。若い時はアルコール類も飲んだが、今はゼロ。果物は少々。

   夜8時以後は絶対に何も食べない。胃を休ませるための時間を充分に取る。

   10時頃に寝る。夜中は1度トイレに起きる程度で、良く眠れる。5時には目が覚めるので、すぐ起きて乾布摩擦をする。ウォーキングにゆく。

   体を動かすのが健康法の基本である。体を動かしていれば体調も良い。体調が良い時は少食で満足でき、間食など食べたくないし、快便になり、快眠になるのだそうだ。

   本当は夜のウォーキングが良いのだろうが、住まいが環状八号線に近いため空気が悪い。やむなく比較的空気のきれいな早朝になっているが、冬は暗いうちに歩くことになる。

   私が睡眠障害で困っており、医者に精神安定剤を出してもらっていることに対しては、体の動かし方が足りないか、あるいはストレスだろう。健康にはストレスが一番悪い。君は奥さんを失ったストレスがまだ残っているはずだとのご託宣であった。

   薬は止めたほうが良いとアドバイスされた。

市川さんの話

   近親者にはお医者さんが多いらしい。御舎弟もお医者さんである。

  1. 健康の基本は第一に食事である。そして消化器がちゃんと栄養を吸収することによって、エネルギーが供給されるのだ。エネルギーの供給ができなくなったり、量が足りなくなればもう終わりである。体も頭も使うことができなくなる。体力・気力が出るはずがない。簡単な原理である。

    胃腸の状態が悪いと食べても吸収されないので、体調も悪くなる。胃腸を良い状態に保つことができれば、少し多めに食べても吸収される。このとき、体調が最も良いという。

    このためには消化器に負担をかけないことが大切であり、胃腸を休ませることが大切なのである。 たまに付き合いでたくさん食べたり、飲んだりするのは良いが、日常的には規則正しく、同じような種類で同じくらいの量を摂るのが良い。胃腸を休ませることが大切なので、夜8時以降は食べない、日常的には昼間も間食はしない。

    年とともに、たくさん食べたいとは思わなくなる。美食したいとも思わなくなる。今は食事の量は少ない。

    若い時もアルコールはそれほど飲まなかったが、ワインの味にはこだわったときがあった。今は、あれば味わう程度で、あまり飲みたいとも思わない。

    便通は大切で、いつも医者からもらった便秘薬を飲んでいる。また万一にそなえて、いつも浣腸薬をもっているが、これは使ったことはない。

    年をとってから太るのは良くない。ゆっくりゆっくり、少しずつ少しずつ体重が減ってゆくのが良い。

  2. 体を動かすことが大切。身体機能の老化を遅らせ、血液循環を改善する。

    毎日15分位ずつ2、3回歩いている。以前は15分位のウォーキングはどうという事はなかったが、最近は15分ほど歩くと疲れてくる。しかしそれだけでは運動量が足りないので、15分ずつ2、3回に分けて歩くことになる。大雨ならやめるが小雨くらいなら歩く。

    歩きだすと気持ちも良くなって、体も軽くなってくる。15分くらいで疲れてくるが、無理をして歩くとまた快適になる。倍くらい歩いた翌日は疲れが残るかと心配するが、かえって調子がよい。ただし、やりすぎはいけない。

    パソコンは姿勢が悪いので体には一番良くない。長時間やってはいけない。しかし昔から好きだし、脳の刺激にもなるのでやっている。最近もVISTAを買ったが難航している。方々へ電話をしたり、メールをしたり、店に行ったりして使い方を覚えるのは大変だが、脳の刺激にはなる。

  3. 頭を使うことが大切

    記憶力が落ち、なかなか思い出せなくなる。使わないとぼけてしまう。蔵前工業会や日本技術士会関係の会合にはなるべく出席している。専門外のことなど理解できないことも多いが、知らないことを聞くことは頭の老化防止には最適だと思って出席している。週に2、3回は何かの会合に出ている。音楽会や歌舞伎などの芸術・芸能鑑賞も、別の形の頭の刺激になる。いわゆる右脳と左脳を刺激する頭の健康法といえるだろう。

    いろいろなことに好奇心・知識欲を持っておられる。

    割安な切符を探すこともしておられる。切符が手に入ったからとコンサートに誘って下さることもある。90歳になっても実にこまめである。私はまだ喜寿なのだから、もっと学ばねばならないが、そんなにこまめにはとてもできそうにない。

  4. 体温の維持

    年とともに発熱しなくなる。基礎代謝が落ちる。
    体が冷えないように注意しなければならない。外出するときは、ザックに着替えを入れている。いつでも着たり、脱いだりして調節する。汗をかいたときは要注意である。

    夜は、秋も早くから電気毛布を使っている。

  5. 血液循環

    数年前に、心臓の血管に一か所狭窄がみつかり、カテーテル手術によりステントをいれた。以後、とくにウォーキングと体を動かすことに留意しているために、だいたい落ちついている。万一、心筋梗塞が起こったときに備えて、医者から血管拡張剤(ニトロ)を持たされているが、使ったことはない。

    以前は、血のめぐりを良くする「意識」を心がけておられた。イメージトレーニングと言えよう。気功でも「気」を意識することによって効果があるようだ。

    氏は最近、大分体調が良いようである。

  6. 鍼とマッサージ

    年をとると、あちこちの関節や筋が痛くなったり、手先の動きが悪くなるとか、指先が曲がったり、指の関節部が太くなったり、故障も起こる。鍼医に通って治したこともある。指先の故障などは、自分でマッサージしたり、動かしたりすると治るとのこと。体の隅々まで良く動かして日頃メンテナンスをしておられる。

  7. サプリメント

    医学的に効果の証明されているサプリメントは存在しない。根拠のないものには一切頼らない。

まとめ

   永易さんは、健康そのものでどこも悪いところはないが、長年の節制の賜物なのだろう。市川さんは悪いところもあるが、薬も鍼もマッサージも利用し、きめ細かく体の隅々まで、丁寧にメンテナンスとコントロールをされているようだ。お二人の健康法は正反対のようにもみえる。

   しかし健康法のセオリーは共通していて、分かりやすくシンプルだと思う。少食、運動、および頭を使うことである。宇宙飛行士は飛行1週間で筋肉が弱くなり骨が軽くなってしまうという。体に負荷をかけることの必要性は良く知られていることだが、年をとるほどに重要性がますます高くなるという。

   なお「胃腸を休ませる。」ことが、優先度が非常に高いことは特筆すべきことだと思う。筋肉細胞・心臓細胞・脳細胞などは怠けさせるな。逆に胃や消化器の細胞は休ませろ、ということになる。

   男は年齢を重ねるにつれて、内臓の老化が目立ってくるのだろうか。男女の性差も広がってくるのかもしれない。女は妊娠と授乳という重荷に耐えるために、二人分の内臓を授けられているという。男にはそんな余裕は与えられてはいないだろう。

   筋肉・心臓・脳神経などの細胞は、生まれて以降、ほとんど細胞分裂することはなく、死ぬまで働き続けるのだが、怠けさせず、負荷をかけ続けなければならない。これに対して、胃・消化器・皮膚・造血器官などの細胞は活発に細胞分裂を繰り返しているが、休養させて穏やかな環境を保つことが望ましいのだろうか。

   ところで化学物質によるダメージの受けかたは、細胞分裂の活発な器官ほど激しいことが知られている(例:妊娠初期の胎児、造血細胞、精巣細胞など)。また女性の肌には紫外線が悪く、年をとってからUVクリームを塗っても手遅れで、紫外線の悪影響は蓄積・積算されて行くという。勿論この点では、男も同じである。

   細胞分裂は非常に複雑で精緻なプロセスであり、きれいで穏やかな環境が望ましいというのはよく理解できることだ。それからすると胃腸には特に休養・休息が必要だというのもまた、良く理解できることだ。

   私は最近まで食事量を徐々に減らしてきていたのだが、現在は、夜9時以後は何も摂らないようにするとともに、食事の量は少し増やすようにしている。お陰様であまりハラをこわすことがなくなり、体重減少にも歯止めがかかったようである。

   なお市川さんに「体調が良くなったようだ。」と報告したところ、「顔色も良くなったね。時には沢山食べることも必要だ。」とのアドバイスを追加された。何か事があったとしても、すぐにへばるようでは困る。時には沢山食べて、余力を蓄えておきなさいという意味だと理解した。


2009年11月29日
                                  松平 忠志(応化会)

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