定年後しばらくは、会う人々と、「何やってる?」 という話題が多かった。そういう時 「歌をうたっている」 と答えると、カラオケかと思われることが多い。

 長いこと勤めた会社を57歳で辞めるに当って、新しい職場を信州・松本に世話してくれた。そこで7年間勤めたあと、東京に戻って定年生活に入った。直後のある日、元の会社の同期入社の男と家族ぐるみの食事で、「何してる」の話題になり、彼が 「歌をうたっている」 という。その男が「うたう」などと想像もつかなかったので、どんな歌かを訊くと 『うちの女房にゃ髭がある』 という返事が返って来た。これを男声合唱でやる、というのだ。これは面白そうだ、と翌週見学に行くことにした。
 野毛山にある練習場に行ってみると、同じくらいの年齢のメンバー20名弱が集まって、『うちの女房・・』 のほかに 『東京ラプソディー』 や 『新雪』 などといった曲をやっている。大いに気に入って、早速入団した。その団の名前は、「コール・ダンヘル」 という。 「ダンヒル」 ではない。
 皆さんは、ヘルパーという職業?をご存知だろうか。老人や身体障害者の生活を介護する人達である。 「ダンヘル」 という名前は、男性・ヘルパーに由来する。横浜市には弐千人余のヘルパーが登録されているが、そのうち男性は、百人そこそこと聞いている。そのほとんどが、定年後のボランティア活動としてのヘルパーを選んでいるのだ。その中から10人位の人達が合唱団を立ち上げた。今まで楽譜読みはおろか、歌うことすらほとんどやったことのない人が多いのだが、行く行くは、人前で歌えるようになって、老人福祉施設での慰問演奏をしたい、というのも目的にあった。
 しかし、これだけでは合唱団を立ち上げるのは難しい。最大の問題は指導者である。まことに幸運なことに、10名(ヘルパー)の中に最適の指導者がいた。紹介するには話が長くなるし、本人の承諾も得てないので省略するが、年齢・経歴・信条・人柄、いずれをとっても申し分のない指導者である。
 「歌に経験や自信がなくても、喋ることができれば歌える・歌えればハモれる」というのが信条の指導者で、その熱心な指導の下、初めてオタマジャクシに挑戦するメンバーも何とか声を合わせられるようになり、これまでに30回を越える慰問演奏(出前と称する)や10回以上の発表会出演を果たしている。
 出前先は、主として横浜市内であるが、中には八丈島や静岡県(掛川・富士)さらにはハワイまでも押しかけている。今年は12月に沖縄行きが決まっている。これらは、いずれも観光半分というのが本音だが・・・・。

 この辺で、自分の歌遍歴?を書いてみよう。幼いころから、歌は好きだったし、得意でもあった。小学校(のち国民学校)の唱歌の成績はいつも甲だった。冒頭の 『うちの女房・・・』 などもたしか幼稚園のころ蓄音機で憶えたものである。当時は軍歌もよく歌った。戦後、歌謡曲全盛の時代があって、ラヂオから流れる流行歌はほとんど憶えたし、映画の主題歌も日本・アメリカを問わず、よく歌っていた。新入社員のころは、うたごえ喫茶にも通い、職場のコーラスにも参加していたが(後者は、女子社員に惹かれた部分が大きかった・・・)、忙しくなるにつれて、たまに忘年会・社員旅行やバーで懐メロを歌う程度になり、新曲を仕込む余裕が無くなった。カラオケはまだ普及していなかった。

 こんな調子だったから、この齢になって改めて合唱をやろうということに、別に違和感はなかったが、いざ歌ってみると、簡単には行かないことが分った。特に、人前で歌うためには、それなりの難しさがある。先ずは、歌詞を覚えねばならない。合唱ともなれば、メロディーだけでなく自分のパートの音を出さねばならず、また独りで大声でがなってもいけない。大勢の声が気持ちよく聞こえるということは実に至難の業である。
 どだい、そんなことは不可能だから、ただ楽しくやれば良いというのも考え方だが、それでは進歩がない。かなり迷うところである。練習・練習・・あるのみである。出前で喜んでもらったり、発表会で拍手を貰ったりすると、それなりに達成感が味わえる。打ち上げのお酒が美味しい。
 「歌をうたっている」 というと、それは健康に良いですね、と言ってくれるが本当に良いのかどうかは自信がない。現に健康を損ねて去って行く仲間もいる。(歌で損ねた訳ではないが・・・・)。みんなそれぞれ、何時まで元気に歌っていられるか、心配しながら歌っているのが実情ではないのか。でも、こうやって歌って、飲んでいられるうちは懸命に楽しみましょう、と言っている。と、まあこんなところが現状報告です。

《追伸》ヘルパーさんは圧倒的に女性が多い、と書いた。この大きな母集団から選ばれた?女声合唱団がある。指導者が同じということで、ダンヘルとは兄妹関係になる。これと混声合唱をする機会が最近増えた。同時に、練習・合宿・打ち上げを大いにやる。これがまた、楽しみを増しているのは言うまでもない。

以上


2006年11月5日
                                  上原 修

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